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#キッズ&ヤング

母親が突然倒れてしまいました

母親が突然倒れてしまって、意識が戻らない状態で半年が過ぎました。父親はとっても仕事が忙しく、看病することができません。高校2年と中学3年の妹がいますが、二人とも受験が近いので、あてにするわけにはいきません。だから、授業がない日は、ほとんど家事や母の見舞い、妹たちの面倒を私がやるしかありません。この前、妹の中学校の三者面談にも行ってきました。このままだったら、私が母親代わりをしなければならないんですが、大学との両立は無理そうです。とっても疲れています。できれば退学したいのですが。(大学3年・女性)


今まで君のお母さんは、家のことを何から何まで一人で頑張ってきてくれたんだね。今思うと、どんなに大変だっただろうね。でも、だからお父さんもお仕事に精一杯頑張れたし、君も大学に入学していい大学生活を送ってこられたんだね。高校生と中学生の妹さんたちも同じ。お母さんは家の太陽だったんだね。

だから今、お母さんが倒れてうろたえているのは、君一人じゃないよ。他の家族もみなそうなんだ。お父さんは自分の下着がどこにあるか、どこの銀行にお金があるのか、通帳や保険証の場所すら知らなかったかもしれないし、妹さんたちも、学校のこと、進学のこと、テストの成績、何でもお母さんに相談してきたんじゃないかな。だからみな安心して暮らして来られたんだね。

でも突然の出来事に、どうしていいかわからなくて、みんな辛い思いをしてる。

だから君は、これからは自分がお母さんの代わりになって、お母さんの看病もしながら、家族の世話をしていこうと決心して、大学をやめようと心に決めたんだね。でも、それはいい判断だとは、私には思えないんだ。前方に続く道はまだあるんじゃないかな。お母さんが回復される日は、そのうちきっと来るよ。いつか病気から回復して、目を覚ましたお母さんが、大学をやめてしまった君を見たら、きっと「そんな弱虫だったの」って叱るんじゃないかな。大学生はもう大人じゃないか。先のことをちゃんと考えて、みんながこれ迄のように、希望をもって暮らせるように考えて、皆で話し合って見ようよ。

「え、もうだめ」なんて言わないで、もう少し、私の話を聞いてくれないかな。

というのも、いろんな事情で大学を休学したり中退する学生は、いつでも、どの大学にも、たくさんいるんだよ。そして、それっきりになっちゃう学生もいるけれど、また(条件が整ったら)大学に戻ってくる学生が、沢山いるんだってこと、知っていてほしいんだ。留年にせよ、退学にせよ、「希望をもって」そうしたらいいよ。

そうだ、君は、お正月恒例の「箱根駅伝」は好きですか。私は、大学生ランナーたちが映し出す、筋書きのないドラマに、いつも胸打たれ、感動しています。そして、毎年のように、いずれかのチームの監督から「箱根には3つの坂がある」とのコメントを聞きます。「上り坂」「下り坂」、そして「まさか」と、知りました。経験したことのある人たちだから言える、深い表現だなって感心します。

前方に続く道「箱根路」を、「山の上」と「丸の内」にあるゴールを目指して、ひた走ります。予想可能な坂道は、よく準備しておけば、実に巧みに走り抜くことができますが、予測不可能な「まさか」があることも、彼らは自覚しています。そして、その「まさか」を乗り越えられた10人のランナーの力が結集したチームのみがゴールできるのです。

私にとって、この大会は、何気ない日々の生活でも同じように、自分の決めたゴールに向けて走り続けているように思えるのです。いま、新型コロナの影響によって、私たちの生活も大きく変わりましたね。これが「まさか」でしょう。ここで学んだことは、新しい「かたち」を、自分たちの力で創りだすこと。そう、お母さんが倒れる前の状態を維持するのではなく、お母さんの看病を中心とした、君も、お父さんも、妹さんたちも、新たな生活の「かたち」を創くりだすことが大切なんじゃないかな。どうやって走り続けたらいいか、作戦会議が必要ってこと。だって、『「まさか」の体温計』は、ないのですから。

お母さんのベッドサイドで、耳を澄ましてみましょう。「自分のことを大切にするのよ。がんばってね」って、お母さんからの応援の声が聞こえませんか。それは、あの箱根のランナーたちに届く、沿道からの応援のように。そして、早くお母さんと、お話しできる日が来るといいですね。そう願っています。

小澤貴史(拓殖大学准教授 公認心理師)